銀の風

四章・人ならざる者の国
 ―55話・急なご要望―



翌日、昨日のパーティーの片づけも済んでしまい、
ついにリトラ達とポーモルにお別れの時がやってきた。
「元気でやれよ。」
「何か困ったことがあったら、すぐに役場の人に相談するんだよー。」
「ぼくたちの事わすれないでね。」
「(うん、みんな本当にありがとう。)」
一行は、口々に親切な助言や別れを惜しむ言葉をかけていく。
それを受け取るポーモルは感謝で胸がいっぱいで、
今までを思うと何度お礼を言っても足りないくらいの気持ちだ。
「さみしくなりますね……。」
短い間だったが、いるだけでマスコットのようだったポーモルは一行を和ませたものだ。
ペリドがしんみりした気分になるのは当然だろう。
「こっちが落ち着いたら、顔を出しに来ればいいだろう。」
果たして落ち着くなんていつになるやら。
普段なら当のルージュがそう皮肉るところだろうが、彼はちゃんとわきまえていた。
この場で雰囲気を壊すような事を言ったら、 いつも黒い冗談で盛り上がるナハルティンにさえ怒られるだろう。
「じゃあそろそろ行くか?」 荷物を持ち直したリトラが、ポーモルを囲んでいる数人に声をかけた。
ナハルティンやペリド、アルテマ辺りはすぐに離れたが、フィアスだけはがっかりした顔で彼を見てくる。
「えー……。」
「名残惜しいのは分かるけど、ちゃんとお別れしなきゃだめやでー。
さびしいのはフィアスちゃんだけやないんやから。」
「うん……そうだね。」 リュフタに言われてうなずき、渋々離れた。
しかしリュフタの言う通り名残惜しいので、やっぱり寂しいなあと呟いている。
気持ちを切り替えるのは大変だ。
大人だって難しいのだから、駄々をこねたりしないだけ同年代の子供よりずっと立派だろう。
ともかく、これで本当に別れの時間がやってきた。
町の入口を挟んで、一行とポーモルの距離が開く。
「んじゃ、元気でやるんだよー♪」
歩き始めた一行を代表するように、ナハルティンが振り向きながら笑顔で軽く手を振った。
最後尾ではフィアスも同じように手を振っている。
「ばいばーい!」
「(ありがとー、いつか来てねー!)」
去っていくリトラ達を、ポーモルは見えなくなるまで手を振って見送った。
木漏れ日が注ぐ道を歩いて町へ引き返す途中、後ろの方でアルテマがあくびを1つした。
先日一度通っているから、初めて通った時以上に緊張感がない。
「これからまたラトアの町か〜。また同じ町って、何か飽きちゃいそう。」
「そんなに距離がないんだから、文句言うな。
どうせ何か情報を仕入れでもしたら、また違う町に行くって言い出すはずだしな。」
ルージュが言うとおり、ラトアの町に居る時間は極わずかになるだろう。
何か特別に用事が出来ない限り、リトラは1つの町にのんびり滞在しようとは絶対に言わない。
心配するまでもなく、アルテマが飽きる暇はないだろう。
と、そこに正面から一匹のボムが飛んできた。
「おぉ〜い!」
「えっ、何?!」
ふよふよと一直線に飛んでくるモンスターに慌てて、アルテマは剣の柄に手をかけた。
フィアスも短剣を抜こうか迷い、ジャスティスも杖を構えようとしている。
「こっちに来るけど、誰?」
敵意がなさそうな上に、わざわざ存在をアピールしてくるボムがかえって不審に見え、
怪訝そうな顔でナハルティンが聞いてくる。
この中の誰を呼んでいるか知らないが、
今のところちっとも警戒するそぶりのないリュフタなら知っているだろう。
「大丈夫や。あれはうちらの知り合いで、幻獣のボムやさかい。
なーんも危ないことはあらへんで。」
「びっくりしちゃった。ねえねえ、どうしたの?」
ほっとして短剣を戻したフィアスが、ころっと友好的に変わった態度でたずねた。
幸い、ボムは特に気を悪くした様子もない。
「ううん、こっちこそ顔も考えずに出てごめんよ。
それよりリュフタ、2人ともお城に帰ってきてちょうだいって王妃様の仰せが。」
「今すぐにかいな?」
「そう、今すぐになんだよ!」
「何でか理由は?ちゃんと聞いてんだろ?」
面倒なことになったなという態度を隠しもせず、リトラが聞き返す。
もちろんとうなずいて、ボムはさらにこう教えてくれた。
「この前、こっちに帰ってきたあんたを見たって、王妃様にお知らせした仲間が居てさ。
そうしたら久々に顔を見たいから連絡しなさいって。」
「マジかよ……あんまし寄るつもりなかったんだけどな。」
「いいからちゃんと来てくれよ。じゃ、オイラはこれで。じゃーな。」
伝言を伝えたら、ボムは異空間の入口に入ってすぐに帰ってしまった。
どこで見られていたのかは知らないが、見たのは幻獣なのだから空に居る時に目撃されていても不思議ではない。
ホイホイ喋るなよと思ったところで、どうせ相手はリトラと契約してもいない個体なのだろう。
恨んでも仕方ないとはいえ、ついついげんなりとした顔になった。
「そう言いますけど、行かないと王妃様は気を悪くしませんか?」
「命令だしな。」
ペリドに諭されるまでもなく、これは命令だから無視したら厄介な事になる。
否が応でも、国に戻らないわけには行かないのだ。
しかも、今すぐにと念まで押されていては。
「さっさと済む用事だといいね。」
「どうだかよ。」
アルテマから慰められても、あまり気休めにならない。
理由が額面通りに受け取れる類の物になっていないから、余計にだ。
「でも、顔を見たいっておっしゃってるんでしたら、多分そんなに重く考えなくても大丈夫ですよ。」
「そーそー、今からやさぐれたりしなくたってね〜♪」
「お前、他人事だと思ってお気楽だよな。」
ペリドはともかく、茶化し半分のナハルティンの態度は気に食わない。
相手はこれくらい屁でもないと分かっているが、返事がついつい嫌味っぽくなる。
「えー、だってアタシはいつだってポジティブだしー。」
「あんたのは能天気って言うんじゃないの?」
リトラが思ったとおりに受け流して、彼女はケラケラ笑っている。
当事者ではないアルテマもうんざりだ。
「はいはーい、脳みそ筋肉ちゃんは黙っててね〜。」
「あたしを脳筋呼ばわりするなー!」
「……馬鹿はほっといて、すぐに帰る準備するか。あー、めんどくせ〜。」
嫌味を言ったってすぐに神経を逆なでする返しを食らうのに、
どうして彼女は懲りないのだろう。
眉を逆立ててカッカしているアルテマを見て、リトラは不思議に思った。
「地図では確か隣の国だと思いましたが、城はどの辺にあるんでしょうか?」
頭をかきむしる彼の横で、ジャスティスが律儀に行き先の確認を始めた。
大陸全土のマップを見ながら探しているが、町の名前を知らないので探しにくそうにしている。
その様子を見たリュフタはひょいっと横から覗き込んで、前足で地図の山脈地帯を指した。
「半月大山脈の真ん中にある高原にあるんや。
リアは山国やから、大きな町が作れる平らな所はこの辺くらいなんやで。」
「ふーん、山の上って大変そうだねー。」
紙を見るだけでは広さも気候風土も想像しにくいが、広い山脈の中ではきっと小さいところなのだろう。
ナハルティンはもちろん行った事がないが、平地より不便そうなことは察しがついた。
「夏は涼しいからいいぜー。冬はすげぇ寒いけど……。」
「そんなに寒いの?」 「バロンよりさむいかな?」
「お城の辺りよりは寒そうですね。ジャスティスさんは天界育ちなので羨ましいです。」
バロンは比較的平地は温暖な地域だが、ペリドが住んでいたトロイアのヌターユは冬の冷え込みがきつい。
常春だという天界をつい羨みたくなるのも自然なことだ。
しかし、水を向けられた彼は苦笑した。
「おかげで地界は応えますよ……。」
「しょうがないよね〜、極楽育ちだともやしっ子になっちゃうのは。
その点魔界は、ハードな環境でタフになれるよー?」
「池が風呂になる気温の土地があったり、毒の沼が広がったりする世界だしな。」
天界とは反対に、過酷な気候が当たり前の魔界は、
ルージュが言うように信じられないほど暑い地域や有害な場所が平気で存在する。
よそ者に言わせれば、それはタフになれるの一言でさらっと流せるレベルではない。
環境がいいところで育ったジャスティスが、他の世界の変化に富んだ気候に振り回されがちなのは同意するが。
「そんな死の世界に生まれなくて、本当に良かったですよ。」
「ちょっとダサ眼鏡くーん、人の故郷こきおろすなんていい度胸じゃなーい?
あっちでアタシと『お勉強』しよっかー。」
「もう……喧嘩はやめてください。
それとリトラさん。クークーを迎えに行ったら、そのまま直接あちらに行くんですか?」
「そのつもりだよ。後でうるせーだろ?」
すぐに行って済ませるつもりなのだから、クークーでひとっ飛びした方が楽だし早い。
リア帝国は山国だからなおさらである。
「わかっとるやないか。ほな、とっとと行くでー。」
「だからってせかすんじゃねーよ!」
人の気も知らないでとどつきたくなる衝動だけは堪えて、ともかくクークーの待つ森の入口へ急いだ。
森の入口でクークーに乗った一行は、そのまま直接半月山脈を目指して飛んでいく。
国境を越えてからの方が長い山道を眼下に見ながら、ひたすらリア帝国の城を目指した。
「うーん、すっごい山だね〜。これ、まだまだ続いちゃったりする?」
「続くぜー。歩きだと何日もここを歩く羽目になるし。」
「何でそんなところにお城なんて作ったわけ……?」
地図によると、この半月山脈はゴアディス大陸を分断する大きなものだという。
そしてその向こうには、ヴィボドーラよりも小さいながら平地がある。
見る限りそこも領土になっているのだが、
何を好き好んで不便な山の上に城を作ったのか、アルテマにはさっぱりわからない。
「ルージュは知ってる?」
「知らないな。宗教上の理由とか、その辺じゃないのか?」
へんぴな所に重要な施設を建てるとしたら、彼にはその位しか思い当たる節がない。
国の情勢ならある程度は調べる癖があるが、城の成り立ちまではいちいち興味がなかった。
「当たらずとも遠からずやな。
この辺りで一番月の力をより多く集められると考えたルーン族のご先祖が、昔あの辺りに神殿を立てたんや。
それがリアの首都の始まりやで。」
「いかにも魔道士が考えそうなことだな。」
「こっちのはこだわるわけ?」
「結構な。」
住む場所と兼用するかは別として、特定の山などを神聖視して修行場所や聖域にすることはよくある話だ。
魔道士ではなくモンク僧だが、ファブールのホブス山がいい例だろう。
「己の力を増すために、選んだ土地ですか……。
優れた召喚士が多そうです。」
「ええ、リアは私達ルーン族が最も多く住む国です。とても楽しみですね。」
「うれしそうだけど、何かあるっけ?」
ペリドが珍しくそわそわしているそぶりを見せているので、アルテマはたずねてみた。
すると、ニコニコしながら彼女はこう答える。
「竜神様のお告げで、必ず行く事になっているところなんです。
たくさん魔法の本もあるでしょうし、図書館に入ってみたいです。」
「なるほど、勉強熱心だね……。」
読書に興味がないアルテマにはちょっと共感出来ないが、ペリドにはとても楽しみであることは理解できた。
大きな町だろうから、多分彼女の期待はかなうだろう。
「ついたらお城だよね。ぼくも楽しみだな〜♪」
面白いものが見られると思っているのか、フィアスもはしゃぎ始めた。
小さいから当たり前だろう。
「はしゃぎ過ぎて変なことすんなよ。」
「大丈夫や。どっかの暴れん坊のちんまい頃と比べたら……いたたっ!何するんや!」
「うっせー黙ってろ!!」
頭を押さえるリュフタに怒鳴り散らして、リトラは眉を逆立てる。
図星だったのだろう。幼い日の事は誰しも触れられたくないものだ。
「リトラの小さいころって、何年前だろ……?」
「クー?」
フィアスもクークーも首をかしげているが、本人からは一切回答が得られなかった。

―リアロ―
やがて城が目と鼻の先にまで迫り、ようやく目的の町にたどり着いた一行は、
あらかじめ町の外に設けられた騎獣や大型の召喚獣を待たせるスペースに降り立った。
「よーし、クークーはここで待っててね。」
長い間山脈の上を飛んでくれたクークーを、アルテマがくちばしを撫でてねぎらっている。
「グー。」
「結構近くまで連れて来れちゃうねー。」
「召喚士だらけの国じゃ、今さらズー位じゃ驚いてらんねーんだよ。
さ、あっちが正門だぜ。」
そう言ったリトラは、仲間を案内するために先頭に立って仲間を町の中へと誘導した。
正門をくぐれば、そこはもう石畳が広がる立派な町並み。
リア帝国の首都・リアロは、ルーン族が世界でもっとも多く住む町として知られる場所だ。
国立の魔法学院には、国内各地はもちろん国外からも魔法の勉強に訪れる召喚士などがいる程で、
ルーン族が使う魔法に関する最高峰の知識や技能を学ぶ事ができる。
それだけに、ゴアディス大陸外出身者も多いという。
人間と容姿に大差ないルーン族の町だけあって、外観は人間にもなじみ深い形状に近い。
行き交う人々の髪の色が、銀髪や薄い水色などの淡い色と緑ばかりという点を除けば、 ごく普通の大きな町に来たようでもある。



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やっとリトラの故郷リア帝国を目指すことになりました。
本人は全く乗り気ではありませんが、他のメンツは平均してまあまあ乗り気です。
件の王妃様も、城と一緒に恐らく次で登場です。